【ゲーム業界雑記】地獄の100連勤

新入社員研修が終わって配属されたプロジェクトでいきなり100連勤(正確には105連勤だったと思います)を思い出してみます。 
当時ある会社の新規プロジェクトを受託したのですが、これが技術的にも新しいものを取り入れて作成されていたため単なる制作作業にプラスして検証作業のようなものも並行して行わねばならず、前例もあまりない為手探りでやっていてバグはジャンジャン出るわ、仕様もコロコロ調整が入るわで炎上という表現では生ぬるい激ヤバ案件となっていたのでした。 というかそんなプロジェクトに新入社員入れるなよと思いますが、正に猫の手も借りたい状態だったんです。(結局後半はもはや納期という概念が無くなり、ある程度できたらまとめて渡すみたいな感じになっていたと思います。)


100連勤はもちろん当時も労働基準法違反ですが、 そんなもの守ってたら納期が守れんといわんばかりの空気感の中で働いてましたし、当然その部署の人たちのほとんどがそういった働き方していたので疑問にも思いませんでした。 

何より新卒で入ったので他の業界や会社との比較ができず 「まあ、ゲーム会社って忙しいらしいしこんなもんか。。」位にしか考えずにいました。 今やったら大問題になりそうですね。

入ったばかりの下っ端なので、最新のデータを焼いたロムをデュプリケート(焼き増し)して配ることをしなければならず、朝は9:30出社して夜の間に焼かれたロムを受け取ってデュプリケートし、各開発担当者の所に届けてから自分の開発作業をひたすら行って夜は早くて22:30位に退社、遅ければ終電で帰るという生活でした。
一度、終電で寝過ごしてしまい降りた駅から雨の中4時間位歩いて帰ったこともありましたね、あれは辛かったなあ。。

当時は独身、実家暮らしだったので何とかなってましたが今こんなサイクルに突っ込まれたら休職→退職コンボ間違いなしだと思います。  同部署の別プロジェクトのリーダーなんか肺に穴が開く気胸という病気になったのにマスター検証期間だからということで手術を伸ばしてもらったりしていて すごいんだかイカれてるんだか分からないことになってましたし、何人かは蒸発し、部長は途中でブッ倒れて入院してました。

今思い出すととんでもないブラック労働環境ですが、みんなそんな状態でも割と明るくてゲーム好きで何とかこの状態を乗り切ろうという感じが共有されていて雰囲気自体はそんなに悪くなかったと思います。というか狂った環境ではこちらも狂わないとやってられないという感覚の方が近かったのかもしれないです。
他のチームでは毎日爆弾が爆発しててもはや野戦病院のような雰囲気すら醸し出してましたが。。

ただやはりいくら若くても疲れは溜まるので後半はほとんどゾンビのようになってました。
よほど疲れているように見えたのか 見ず知らずのおばあちゃんに駅で「ちゃんと寝て食べてるかー?」と言われたたのもこの頃でした。 あの頃は駅の自販機で買うカロリーメイトフルーツ味が朝食でしたしね。

大変な状態でしたが良いこともありました、 シンプルに残業代+休日出勤代がとんでもないことになっていて新卒なのに結構な額を頂いていました。そこはごまかさず全額きっちり払って頂いていて使う暇もないほどだったので入社4か月でかなりお金が溜まりましたね、あのお金何に使ったんだろう。。
怒涛の連続勤務を終えて100日ぶり以上で休日になった時には休みの日の過ごし方を忘れていて、どう過ごしたらよいのか逆に不安になったのを覚えてます。 

しかしこの時の経験があったせいでその後に経験するデスマーチも多分ほかの人よりはメンタル的に安定して乗り越えることができたのではと思います。 よく聞く「あの時に比べたら楽」という「あの時」を私はかなり早い段階で経験できたので、それはそれでプラスだったかなと。

今の時代はさすがにここまでじゃないですがまだこういった短期的デスマーチは沢山聞くので業界に行く人はある程度覚悟がいと思いますが、新人さんは早めに経験しておくと後が楽だと思います。

目次